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県内三大河川のひとつ、村国山西側を流れる日野川には、明治の初めまで、東側帆山村と西側大門河原(現姫川町)を往来する舟着場があり、これを「帆山の渡し」と呼んでいました。帆山側舟着場は、現在の日野橋上流に置かれていました。三国湊から積んだ大型船の荷物は、白鬼女の舟着場で高瀬舟に積み替えられ、雄大な日野山が見えてくると、船頭さんは「そろそろ帆山の渡しに到着」と、下船の準備を始めました。時計のない時代、自然は生活の中に息づいていました。

江戸時代の府中惣絵図に、 帆山の渡し守、石垣が記載されていることから、この辺りに舟着き場があったと考えられます。日野川は幅二百間(約360m)と、現在の川幅を大きく超えていました。堤防が築かれていなかった時代には、何度となく流域は大洪水に見舞われました。

この舟着場に隣接して、安政三年藩校立教館を設立した、松井耕雪の別荘「逍遥園」が、日野山の秀峰、中国の廬山に似た村国山、日野川の清流を借景にしで建ち、諸藩の人材を招き、文人たちの交流の場として使用されていました。有能な多くの人士が日本中から往来した場所で、舟着場が近くにあり便利でした。
