29. 庄田大鳥居

北日野地区自治振興会 庄田大鳥居

大鳥居をくぐり歩むこと100m社殿が見えてきます。

慶長三年(1598年)七月。太閤検地の際、現在の遥拝所敷地の中程を東西に分け、南側を平林村、北側を庄田村地籍としました。この時代には、現在の遥拝所はまだ建立されていませんでした。この遥拝所が建立されたのは江戸時代(1700年頃)鯖江藩主の許可を得て建立されています。

遥拝所では、日野山祭礼の日(旧7月23・24日 現在8月23・24日)には、近郷近在から多くの若い男女が訪れ、大きな盆踊りの輪ができ、踊り終えた参拝者は日野山山頂を目指し登山、翌朝ご来光を拝んで下山しました。娯楽のない時代の楽しみでした。

日野神社・遥拝所

【鯖江藩寺社改帳】所在地

祭神継体天皇
由緒日野山ノ神霊鎮祭スル日野神社ハ 山上・山下社殿ヲ造立シ 郷中四拾五ケ村ノ総社ナルニ依テ此地ニ古来御旅所ト名付ケ 社殿ヲ 輿渡ノ古例アリ常ニ雛ケ嶽ノ神山ヲ遥拝シ神式相営ミ 信徒参拝ノ為ニ相営 コレラ日野神社ノ口ノ宮ト称ス

庄田町の氏神さま「八幡神社」

北日野地区自治振興会 庄田大鳥居

金山彦神社と相対する位地に置かれています。本殿の大きさは一間四尺四方です。ここに祀られている御本尊は、昔、洪水の時、荒谷から流れてきた木像を拾い上げた村人が「勿体ない」ということで小さい祠を建て安置したのが起源とされています。明治四十一年日野神社に合祀しています。現在の社殿は大正年間に再建されています。

金山彦神社

北日野地区自治振興会 庄田大鳥居

日野神社遥拝所に向かって左側(東側)に、隣接して鎮座しているのが金山彦神社です。この神社は江戸時代までは「観音堂」と呼ばれ、鉱山の神、鍛冶の神と尊崇され。祭礼は(四月十八日)に執り行われていました。金山彦神社は、明治四十一年に日野神社に合祀されています。

日野神社遥拝所で”雨乞いの神”

北日野地区自治振興会 庄田大鳥居

往古には田の水のほとんどを日野山から流れ落ちる谷水だけに頼っての耕作でした。金山彦神社の社殿に掲げられている絵馬は、明治時代遥拝所において雨乞い祈願の神事が行われた際に奉納された黒馬図です。

龍神図 大正7年 新下藤太郎寄進

拝殿入口中央に濃淡で描かれた龍の絵馬が掲げられています。龍は中国由来の霊獣で頭には二本の角と長い髭を生やし四本の足と鋭い爪を持ち、雲や雨を起こし、稲妻を放ち、雨乞いを司る神として大切にされてきました。絵馬には雨を呼び起こす黒雲と右下には渦巻が描かれています。旱魃になると日野山から流れ落ちる谷水だけに頼る村人の生活は死活問題でした。雨乞い神事は五日五夜、村人は参籠し祈祷が行われた。